2013年11月3日日曜日

【第二十四回】裏磐梯から喜多方、そして米沢へ。上杉神社と「伝国之辞」



 高畠で入手したシャルドネとともに…。
 ハンバーグを頬張る。





 春が目覚めつつあった。

 2009年4月18日。

 裏磐梯から喜多方、米沢を巡ることにした。
 抜けるような青空。
 野鳥の声が響き渡る。
 山肌の至る所で雪解けの水が滴っていた。

 国道115号線から土湯バイパス、箕輪トンネルを抜けて、猪苗代町に入る。
 町の中心部に入る手前で右に折れ、磐梯山を左に見ながら国道459号線を走る。
 やがて左手に、五色沼湖沼群の駐車場が見えてきた。





 深緑の毘沙門湖より、磐梯山を望む。

 裏磐梯・五色沼湖沼群
 http://www.urabandai-inf.com/urabandai/goshiki.html



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 磐梯吾妻レークラインと接続する信号機を真っ直ぐ西へ。
 国道459号線、桧原湖沿いを行く。
 磐梯山の噴火、山体崩壊により創られた湖だ。

 この辺の風光は、【第二十回】にも記している。

 【第二十回】新緑の吾妻山から裏磐梯、喜多方そして鶴ヶ城
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2013/10/blog-post_1910.html









 桧原湖沿いから左折し、道の駅に入った。
 ミルク、抹茶、ごまアイスクリームで小休止。

 道の駅「裏磐梯」裏磐梯観光・休憩所
 http://www.michinoeki-urabandai.com/index.html


 眩い白さの飯豊連峰へ向かって、国道459号を西へ進む。
 喜多方市街へ入り、リオン・ドール喜多方西店に車を停めた。

 リオン・ドール 喜多方西店
 http://www.liondor.jp/store.php?id=15#


 そこから県道16号線に向かって徒歩10分。
 「自由民権運動発祥の地 喜多方」の立て看板のある左手が、日中線跡地である。













 昭和59年に廃止された日中線の線路跡を利用した遊歩道。
 枝垂れ桜が美しく、喜多方の春の新名所となっている。

 春届く?喜多方桜だより|日中線記念自転車・歩行者道(しだれ桜のトンネル)
 http://www.city.kitakata.fukushima.jp/news/013453.html









 遠く飯豊連峰を望む。



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 ランチは喜多方ラーメン屋「福島屋」にて、チャーシュー麺800円なり。
 チャーシューたっぷり。
 やや太麺でコシのある、飯豊連峰の伏流水で打たれた麺だ。
 スープも好みの味わい…。

 福島屋
 http://www.gurutto-aizu.com/detail/index_26.html


 腹ごしらえが終わったら、国道212号線を米沢へと出発。



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 城下町、米沢へ入った。

 米沢は、伊達氏、上杉氏に治められた。
 それぞれに縁の史跡がある。

 戦国観光やまがた情報局|山形おきたま観光協議会
 http://sengoku.oki-tama.jp/





 上杉神社は米沢藩祖である謙信公を祀る。
 旧米沢城本丸の奥御殿跡に建てられている。

 上杉神社:戦国観光やまがた情報局|山形おきたま観光協議会
 http://sengoku.oki-tama.jp/?p=log&l=76629





 上杉氏は関ヶ原の合戦で西軍に加わった。
 そのため徳川家康公によって、所領の石高を120万石から30万石に大減封。
 居城も会津から米沢に転封させられた。





 財政再建と殖産興業政策によって藩政を立て直した、第九代米沢藩主・上杉鷹山公。

 「伝国之辞」
 一、国家は先祖より子孫へ伝え候国家にして我私すべき物にはこれ無く候
 一、人民は国家に属したる人民にして我私すべき物にはこれ無く候
 一、国家人民の為に立たる君にて君の為に立たる国家人民にはこれ無く候








 その年、NHK大河ドラマ「天地人」が放送されていたせいか、観光客で賑わっていた。

 NHK「天地人」:大河ドラマ情報
 http://www3.nhk.or.jp/drama/html_news_tenchi.html




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