【 福 島 の 風 光 】
 郷里である伊達市(旧伊達町)を中心に、風光明媚な福島を紹介します。
伊達市は福島県中通り、県北に位置し、海に山に車で一時間程のロケーション。
吾妻連峰、相馬、会津、宮城県南部、山形県南部が行動範囲。
訪れた地域の食や伝統文化、郷土史にも触れられたらと思います。

2016年4月23日土曜日

【第七十一回】相馬松川浦のアサリと丸森町のタケノコ
 海山の幸




 相馬へは2〜3ヵ月に1度ぐらい、海産物を買いに出かける。

 2016年4月21日。
 1月28日以来、久々に出かけてきた。




 国道399号線で保原、国道349号線で霊山を抜け、国道115号線に出る。




 伊達と相馬の境に鎮座する台形の山は、霊山の峰々。
 手前の小山は上の方まで新緑と桜が混じり、白っぽく見える。




 国道115号線を相馬方面へ、右手に相馬私立山上小学校が見えた先の信号機を右折。
 宇田川を渡って、今は高速道路建設のダンプが往来する県道270号線を行く。
 常磐自動車道の下を潜り、県道34号線との交差点を直進。
 左手に大雷神社(「相馬松川浦〜丸森」地図B)を過ぎた付近は、すでに田んぼが耕されていた。

 相馬宇多郷神楽舞(春)|福島県観光交流局観光交流課
 http://dc-fukushima.jp/kanko/disp.html?id=2632

 旧相馬中村藩歴代藩主は、藩内の各郷に豊作や降雨をもたらす雷神社を祀って、社前で五穀豊穣を祈り神楽を奉納するよう奨励したといわれています。
(一部引用)




 JR常磐線の踏切を渡る。
 左奥が相馬〜仙台方面で、その逆は日立木〜原ノ町方面だ。

 2016年3月26日現在、相馬〜原ノ町は通常ダイヤで運転しているが、原ノ町〜竜田(バスによる代行運転中)は2016年春、相馬〜浜吉田間(バスによる代行運転中)は2016年末に運転再開予定。

 東日本大震災による列車影響と運転見込みについて|東日本旅客鉄道株式会社
 http://www.jrmito.com/eq/



 県道270号線は、県道121号線のT字路とぶつかり、そこを右折して道なりに行く。
 10時40分、道の駅「そうま」到着(「相馬松川浦〜丸森」地図C)。




 今回初登場、営業部に配属された新人のフレディ君。^^




 早速、中にある中澤水産で水ダコを買い求めた。
 その他、小女子、わかめ、鮭カマの切り身など…。



 道の駅「そうま」から岩子地区を抜けて、松川浦へ向かった。
 その辺りの様子は、2012年12月25日の【第五十三回】に記してある。

 【第五十三回】伊達市霊山から相馬市松川浦、そして中村城跡
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2015/11/blog-post_22.html




 11時、松川浦は干潮になっていた。
 福島県中通り北部に暮らす者が海に出かけるとなると、ここ相馬の松川浦での潮干狩りか、原釜尾浜海水浴場が定番だった。


 最大の目的は、震災以来6年ぶりに漁が再開した松川浦産アサリを入手することだ…。

 6年ぶり、港に活気 相馬・松川浦アサリ漁再開
 http://www.minpo.jp/news/detail/2016042130430




 http://www.minpo.jp/assets/img/home-shimen.pdf


 前日4月20日から、県内テレビで告知されていた。
 活きアサリを入手するため、松川浦前にあるカネヨ水産(「相馬松川浦〜丸森」地図D)に立ち寄った。

 カネヨ水産
 http://www.kaneyo-suisan.com


 だが、アサリはすでに売り切れだった。
 開店2時間でなくなったという。
 売り切れるぐらい評判だった事態に、多くのアサリ漁関係者は安堵されたことだろう。
 漁が再開されれば、また入手できる機会もある、と、負け惜しみ…。^^



 昼餉には間があるので、ぐるりと一周り。
 松川浦港界隈の町並みを抜けた。

 松川浦大橋の下を潜る。(以下3点の写真は2014年5月4日撮影)








 松川浦大橋は現在も通行止め、その先に行けない。

 松川浦大橋|相馬市
 https://www.city.soma.fukushima.jp/kanko/matukawaura_kanko.html


 松川浦大橋を原釜側(橋の写真左)から渡った先には、大洲海岸という景勝地がある。
 東日本大震災では防潮堤を兼ねた海岸が津波で破断し、外洋の波が松川浦に流れ込んだ。

 【第二回】相馬・鵜ノ尾岬と大洲海岸
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2013/10/blog-post_23.html


 なおも復旧作業は継続中だが、昨年9月4日時点の「復旧復興だより」によると、大洲海岸の壊れた堤防がつながったようだ。

 復旧復興だより|福島県相馬港湾建設事務所
 http://www.pref.fukushima.lg.jp/sec_file/41390a/hukkoudayori/soumakouwan_hukkyuuhukkou_20150904.pdf



 原釜尾浜海水浴場に行く手前、サンエイ海苔水産加工場の横を通って左折、Uターンをするように信号機を直進し、丘を登った。
 2012年1月4日の原釜尾浜海水浴場の様子は【第四十六回】に記してある。

 【第四十六回】相馬の海と塩浜ラーメン
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2014/08/blog-post_16.html


 この辺りではちょっとした起伏の違いで、被災を免れた区域がある。

 丘の先にある食堂「十三や」(「相馬松川浦〜丸森」地図E)に寄ってみた。
 「十三や」に初めて寄ったのは、2010年4月25日で、その時の様子は【第二十七回】に記してある。

 【第二十七回】相馬 原釜尾浜海水浴場と松川浦
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2013/11/blog-post_8563.html




 店は小高い所にあったので、難を逃れた。
 震災後、しばらく休んでいたが、その後再開。
 相馬を訪れた際には、ちょくちょくと昼餉を取っている。




 2015年5月6日、ホタテ焼き定食。
 甘辛いタレをまとった子持ち焼きホタテにご飯が進む…。




 6月20日、ほっけ焼き定食を食す。
 ああ、腹くっち。^^




 2016年1月28日、カキフライ定食…。

 しかし、この日は店のシャッターが下りていた。



 11時30分、「十三や」からほど近い「旭屋」で食事をすることにした。
 ここも何度も訪れている食堂だ。

 【相馬市】松川浦復興チャレンジ丼「旭亭」
 http://yumesoso.jp/yutadosa/archives/5489.html

 相馬市松川浦観光振興グループ|旭亭
 http://matsukawaura.com/asahitei.html




 2012年11月25日、ほっき飯定食。




 2014年1月4日、カニいくら丼定食。






 2014年5月4日、えぼ鯛塩焼き定食。

 だが、この日は店内の様子が違っていた。
 暖簾を潜ると、テレビカメラが待ち構えていたのだ…。
 6年ぶりに再開した松川浦のアサリ漁。
 獲れたてのアサリを使った「アサリご飯定食」が新たにメニューに加わっていたのだった。




 「アサリの味がしっかり出ていておいしいです」
 「ふっくらしていて」
 食後、テレビ局の取材を受けた。



 旭亭を出、よく行く魚屋「あべ魚店」にも寄ってみた…。
 が、駐車場にロープが張られて入れない。
 平日なのに営業している様子がなく、店をたたんでしまったのだろうか?



 国道6号線から左折し、国道113号線に入った。
 宮城県丸森町経由で伊達に戻る。




 12時22分、途中の大内特産品直売所で小休止。

 大内活性化センター いきいき交流センター大内|丸森町農業創造センター
 http://marumori-nougyou.jp/農産物直売所/大内活性化センター-いきいき交流センター大内/






 丸森町はタケノコの栽培が盛んである。

 再開3年 タケノコ600本最高の出来|河北新報
 http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201604/20160421_15021.html

 今年も販売が始まっていた。
 大きいのを一本入手。




 ツバメたちのさえずりが響いていた。



 途中「伊達政宗初陣の地」の看板を見、丸森町の中心部を抜けて、阿武隈川を渡る。

 第4回 初陣(2)~丸森城・金山城(宮城県丸森町)|伊達政宗の旅
 http://homepage2.nifty.com/ku0926/date/date042.htm


 国道113号線から伊達市梁川へ抜ける国道349号線に出、阿武隈川沿いを走った。
 この辺りは「タケノコ街道」と呼ばれ、川沿いのいたるところに竹林がある。
 詳細は【第四十一回】に記してある。

 【第四十一回】伊達市梁川から宮城県丸森町へ ゆるやかに流れる阿武隈川
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2014/03/blog-post_6.html




 遠く那須山系から流れてくる阿武隈川。




 全国3位の面積を誇る広大な福島県を南北に縦断する。




 鮮やかな山吹色が点在していた。




 若葉の緑に混ざって、竹の秋も目に止まる。




 阿武隈川の奇岩「猿跳岩」。
 伊達市梁川と宮城県丸森町の境にある。

 猿跳岩
 http://www.date-shi.jp/124/post-125.html




 伊達に戻ってタケノコのアク抜き作業。




 FTV福島テレビの18時半頃、旭亭でのインタビューが放送された。
 多くの方に、松川浦産アサリをご賞味いただきたいと思う。




 晩酌は、道の駅そうまで入手した水ダコで「タコネギ」。
 作り方は超簡単!
 食べやすい大きさに切った水ダコと刻んだネギを合わせて和えるだけ。
 そのまましばらく置くと、水ダコの塩気でネギがしんなりとしてくる。
 食べる前に軽く醤油を垂らして和え、味を整えて出来上がり。
 お好みで七味を振っても美味しいはず。^^






 翌朝は、山椒の実と白ゴマを合わせた小女子炒り。
 これはご飯が進む…。




 宮城県丸森町大内で入手したタケノコ、会津の車麩、豚肉、椎茸、ニンジン、こんにゃく、そして伊達の菜園で収穫した初物のキヌサヤを煮合わせる…。
 タケノコの春らしい風味。






2016年4月17日日曜日

【第七十回】伊達へ。西根堰と常称寺と西山城跡、山吹の里




 4月25日で1年が経つ…。
 伊達移住の日は、記録として記しておきたい。



 2015年4月25日土曜日。
 住み慣れた葛飾区新宿の住処から、伊達への引越し。
 11時頃、赤帽が来て荷物を搬出した後、伯母に挨拶を済ませてから、新幹線で向かう手筈になっていた。





 JR東京駅から、13時36分発、やまびこ53号盛岡行に乗車。







 帰省の度に、何度も行き来した路線だ…。

 【第四十七回】JR東北新幹線 東京駅から福島駅
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2014/08/jr.html




 15時16分、福島駅着。




 伊達に着くと、ちょうど赤帽も到着したところだった。
 荷物を運び入れて、ようやく落ち着く。
 桃畑が迎えてくれていた…。



 翌4月26日、日曜日、朝の散歩。














 リンゴの花が盛りであった。






 野鳥のさえずりがそこら中で響いている…。




 朝餉にカレーを食べてキレンジャー。



 荷物の整理の目処がついて、15時頃、気晴らしに散歩に出かけることにした。
 桑折町にある常称寺の枝垂れ桜に間に合うかも知れないと、徒歩で向かった。







 最寄の鉄道が、京成電鉄からJR東北本線へと変わった…。
 踏切(「伊達〜常称寺散歩」地図A)で仙台行を待つ。
 左奥に見えるホームが伊達駅である。






 山の上の方まで芽吹き始め、山桜の色と混じって全体が白っぽく見える。




 西根下堰(「伊達〜常称寺散歩」地図B)。




 西根上堰と下堰の間に建設予定の復興支援道路(相馬〜福島)。
 この先で東北自動車道と接続する。

 一般国道115号 相馬福島道路|国土交通省 東北地方整備局 磐城国道事務所
 http://www.thr.mlit.go.jp/iwaki/hukkoudouro/route_115/souma_fukushima.html




 左にあるコブのような山は、福島市の信夫山。
 空に溶け込むように中央に安達太良連峰、その右に吾妻連峰の山々が並ぶ。




 東北新幹線の高架橋。
 左が仙台、右が東京。
 遠く霊山の峰が横たわる。




 西根上堰(「伊達〜常称寺散歩」地図C)。
 この辺りは桑折町睦合地区。

 西根堰は、関ヶ原の合戦で西軍に与したかどで徳川家康によって越後・会津等の所領120万石を召し上げられ、置賜・信夫・伊達の3郡からなる30万石の出羽米沢藩主へと減移封の処分を受けた上杉氏が、新田開発による石高増の必要に迫られ、肥沃ではあったが水の弁が悪かった伊達・西根郷に水田用水を確保するために大利水工事を行って築いた堰である。

 西根堰|飯坂温泉オフィシャルサイト
 http://www.iizaka.com/join/join04/


 西根堰の開削に尽力した佐藤新右衛門と古河善兵衛は、福島市飯坂町湯湯野の西根神社に祀られている。

 【第四十五回】初詣 西根神社と中野不動尊、そして三日とろろ
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2014/08/blog-post_15.html






 木立のいたるところで、山吹が咲いていた。














 道に迷った…。

 桃畑で作業をしていたオバちゃんに、常称寺への行き方を尋ねた。
 「この坂を下ると高速道路にぶつかるので、高速道路の下は潜らず、左に戻るように坂を登る」とのことだった。
 カメラを持っているのを見て、「桜を撮りに行くの?」と聞かれ、しばし立ち話。

 車で走ると雑作のないような坂道だけど、前につんのめるようにして登って行く…。

 16時19分、ようやく常称寺(「伊達〜常称寺散歩」地図F)にたどり着いた。
















 枝垂れ桜に間に合った…。^^






 満開の枝垂れ桜は【第六十五回】に記している。

 【第六十五回】常称寺の枝垂れ桜再び、目覚め始めた山の花々
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2016/04/blog-post_9.html



 帰りに、すぐ近くにある伊達氏所縁の西山城跡(「伊達〜常称寺散歩」地図G)にも立ち寄った。

 桑折西山城跡|桑折町ウェブサイト
 http://www.town.koori.fukushima.jp/site/kankou/nishiyamajo.html

 桑折西山城跡|文化庁 国指定文化財等データベース
 http://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails.asp

 伊達郡は戦国大名伊達氏の名字の地である。桑折西山城跡は、この伊達氏の居城跡であり伊達郡桑折町の西方標高193メートルの[[高館山]たかだてやま]を中心に位置している。
 宝暦11年(1761)御巡見使案内記等が西山城について「仙台御先祖常陸(念西)入道居館之由」と記しているように、この城は文治5年(1189)奥州合戦の功により伊達郡を拝領した中村(伊達)念西の居館跡として伝承されてきたものである。応永7年(1400)から9年(1402)にかけて上杉禅秀の攻撃を伊達大膳大夫政宗がしのいだと『余目氏旧記』『鎌倉大草紙』に記される「赤館」もこの西山城を指すと考えられている。(『伊達正統世次考』、『伊達勤王事歴』)。
 (一部引用)






 伊達郡を一望。






 西舘跡入口(「伊達〜常称寺散歩」地図H)から少しだけ入ってみる…。




 林の斜面に山吹が光る(「伊達〜常称寺散歩」地図I)。






 一人で来るにはちと寂しい…。




 16時45分、さっきよりも影が伸びている。
 西の山に日が隠れようとしていたので、撤収することにした。










 聖光学院高等学校の野球場(「伊達〜常称寺散歩」地図J)が移っていた(桑折町)。
 昔は校舎(伊達市)の側にあったのだけれど、そこは宅地になった。
 校庭の片隅に、ジェット機が展示されていたのが記憶に残る…。

 聖光学院高等学校
 http://www.seikogakuin.jp/index.php




 東京へ向かう新幹線。
 これにて伊達移住1日目の散歩は終了。

 まだこの地で暮らす実感は湧かなかった…。