【 福 島 の 風 光 】
 郷里である伊達市(旧伊達町)を中心に、風光明媚な福島を紹介します。
伊達市は福島県中通り、県北に位置し、海に山に車で一時間程のロケーション。
吾妻連峰、相馬、会津、宮城県南部、山形県南部が行動範囲。
訪れた地域の食や伝統文化、郷土史にも触れられたらと思います。

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2013年11月9日土曜日

【第三十七回】伊達・箱崎 愛宕山から高子沼



 2010年5月28日。

 郵便局に行くついでに、高子沼まで歩いてみることにした。
 旧伊達町の郵便局は、かつては国道399号線を挟んだ伊達駐在所の斜向かいにあったが、国道4号線沿いに移った。
 郵便物を預け、4号線と399号線が交わる交差点の地下道を潜って、反対側に出た。
 そして399号線を東へ、保原方面に向かって歩いた。



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 すぐに左手(北側)にヨークベニマルの敷地が現れる。

 ヨークベニマル伊達店
 http://www.yorkbeni.co.jp/store/fukusima/date.html

 右手(南側)に畑を挟んで、高架橋のようなものが見えるのは、路面電車の軌道線跡。
 長岡と呼ばれる旧伊達町の中心街から、国道4号線の上を越え、緩やかに坂を下る。
 この軌道跡を歩いて、伊達中学校に通った。
 http://goo.gl/maps/5mBgp

 福島交通軌道線(1961年)
 http://6.fan-site.net/~haasan55/FukushimaKidou.htm


 ヨークベニマル伊達店への入り口から東へ。
 バイク屋の横を過ぎ、左に伊達市役所伊達総合支所(旧伊達町役場)を見る手前で、横断歩道を渡り、旧伊達橋側へ出る。
 片側半分を路面電車が走っていた、歩行者と自転車専用橋。
 http://goo.gl/maps/Ghmsf

 旧伊達橋については第三回にも記してある。

 【第三回】伊達・阿武隈川の白鳥
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2013/10/blog-post_24.html


 阿武隈川を渡り、橋の反対側に出た。
 http://goo.gl/maps/7808n

 旧伊達町は、阿武隈川より西が伊達(長岡)地区、東が国道399号線を堺に北を伏黒地区、南を箱崎地区と呼ぶ。
 昔はそれぞれが独立した村であった。


 このまま軌道線跡の道を東へ行こう。

 しばらく歩くと国道399号線と再び合流する。
 その北側にあるのが、伊達市立伊達中学校。
 母校である。

 伊達市立伊達中学校
 http://www3.schoolweb.ne.jp/weblog/index.php?id=0720037


 私が通学していた頃は、木造2階建ての校舎が北へ向かって平行に三棟並んでいたが、1995年(平成7)に改築された。
 新しい校舎になってから、敷地に入ったことはない。
 体育館もプールも位置が変わり、かつての面影はない。
 たまに国道399号線を車で走る時に眺めると、校庭南側の桜並木は残っているようだった…。

 なおも東に歩くと、セブン−イレブン伊達箱崎店が見えてくる。
 その手前を右折して道なりに行くと、愛宕山へと通じるはずだ。



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 箱崎地区の路地を歩く。
 懐かしい…。




 JAみらい伊達サービスセンター。
 この付近はどうなっていたか、記憶がない。




 箱崎農村環境改善センターにある二宮尊徳像。

 この地には木造の箱崎小学校があった。
 薄暗い教室(?)で卓球をすることができ、何度か遊んだ。

 箱崎小学校は、1874年(明治7)に福厳寺に開かれた。
 幾度かの変遷の後、1969年(昭和44)伏黒小学校と箱崎小学校が合わさって東小学校となったが、まだ分かれて授業をしていた。
 名実ともに統合されたのは、1971年(昭和46)伏黒地区に東小学校の校舎(鉄筋コンクリート3階建)と体育館ができてからだ。

 伊達市立伊達東小学校
 http://www3.schoolweb.ne.jp/weblog/index.php?id=0710089


 時を同じくして、福島、伊達、保原、梁川、掛田地区を走っていた福島交通軌道線が廃線となった。

 わたしたちの伊達町-064/068page
 http://is2.sss.fukushima-u.ac.jp/fks-db//txt/10005.101.date/html/00064.html


 1988年(昭和56)役目を終えた旧箱崎小学校校舎は建て替えられ、農村環境改善センターになった。
 バレーボールコート一面ほどのホールもでき、伊達中の体育館ではバレー部、バスケットボール部、剣道部、体操部に占領されて肩身が狭かった卓球部員が練習に通っていた。
 今はどんなことに使われているのだろう?


 再び歩き始める…。

 このまま南に下ると福厳寺の前に出る。
 福厳寺には、後に記す「箱崎の獅子舞」が奉納される。

 この寺の東側の山道を登ると、愛宕山の頂上に行き着くと思っていた…。
 http://goo.gl/maps/Uy3Qp

 愛宕山|福島県伊達市観光ポータルサイト「だてめがね」
 http://www.date-shi.jp/124/post-126.html



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 結局、道が違っていたのだが、この時はまだ知らない。




 福厳寺の横から坂道を登る。
 左手には保原の街並み。




 坂の頂上付近。

 道が分かれているが、愛宕山の方角は右だ。
 http://goo.gl/maps/NlvoP

 しかし、どう見ても誰かの農地に入って行くようだった。
 桃畑で作業をする農夫に尋ねると、右に行けば愛宕山には通じるという。
 行ってみるか…。




 畑の中を抜け、たどり着いたのは山神神社であった。
 ※この神社の詳細はわからず。

 愛宕山に行けなさそうではないけれど、鬱蒼とした獣道のような中を歩かねばならない。
 ここまでの途中、スズメバチの羽音を聞いてゾッとした。
 蛇に遭うのもごめんだ。
 農家の犬に吠え立てられる…。

 怖じ気づいて、撤収することにした。
 山の神への畏怖の念に敗れたのだった。


 愛宕神社は、天文7年(1538年)に創建されたといわれており、毎年4月29日には県重要無形民族文化財の「箱崎の獅子舞」を奉納する。
 この獅子舞は460年以上の伝統を誇る。

 愛宕神社例大祭|福島県伊達市観光ポータルサイト「だてめがね」
 http://www.date-shi.jp/cat47/date/post-251.html



 2013.4.29 愛宕神社春季例大祭─箱崎の獅子舞─
 https://www.youtube.com/watch?v=MFS5aIFwK8Q

 五穀豊穣、防火願う 伊達で「箱崎の獅子舞」奉納
 http://www.minyu-net.com/news/news/0430/news7.html


 山神神社より南下し、整地された道路に出た。
 高子沼に行くには、この道を東に下って行けばいい。
 道を間違えるほどの売る覚えでも、大雑把な方向感覚は働いていた。

 愛宕山のどこかに防空壕があったと聞かされた記憶があるが、定かではない。

 今歩いている下辺りを、阿武隈急行のトンネルが通る。
 福島駅から福島盆地北東部を走り、阿武隈渓谷を抜けて宮城県に入り、丸森、角田、そして槻木駅でJR東北本線と接続する第三セクターの鉄道路線である。

 阿武隈急行
 http://www.abukyu.co.jp/


 阿武隈急行には一度も乗ったことがない…。
 開通する前に、阿武隈川に架かる橋の上から釣り糸を垂らしたことはある。
 吸い込み針の投げ釣りで、よく鯉が釣れた。
 大きな鯉は、橋の上から引き揚げられないから岸辺に寄せて、友人に竿を持ってもらって川岸に下りた。



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 いろいろと記憶を巡らせている間に、高子沼が見えてくる。

 高子沼(伊達市)|福島の旅
 http://www.tif.ne.jp/jp/spot/spot_disp.php?id=4653

 福島伊達の名勝「高子二十境」 (たかこ にじゅっきょう)
 http://datenokaori.web.fc2.com/sub6.html


 高子沼に隣接して、「高子沼グリーンランド」という遊園地があった。
 大観覧車を擁し、伊達橋の上からもゆっくりと動くのを見ることができた。
 ゴーカードに乗り、友人とレースをしたのも覚えている。

 高子沼グリーンランド
 http://ja.wikipedia.org/wiki/高子沼グリーンランド


 空撮で見ると、施設の名残が微かに浮かぶ。
 http://goo.gl/maps/rqGr9


 松が茂る下に、剥き出しの土が沼に落ち込む景観が記憶にある高子沼には、遊歩道が整備されていた。
 その北側を歩いて、沼の東の端に出た。
 自販機があったので、缶コーヒーで一服。

 ボート遊びができたはずだが、ボートはなかった。
 北側の小山を廻るように、凸凹のアスレチックロードがあり、そこで自転車レースをしたはずだが…。
 沼ではザリガニが捕れたので、その尾を剥き身にして岸辺近くに落とすと、モロッコや小鮒などの小魚が突きに集まり、それを網で一網打尽にするなんて漁もした。
 投げ釣りをしたこともあったが、印象に残る釣果はない。
 そうして途切れ途切れの記憶を遡る…。


 コーヒーを飲み終えたら出発。

 高子沼の東側の道を北上し、阿武隈急行高子駅を右に見て、線路の下を潜る。
 その先に北福島医療センターの案内があるので、そこを目指して道なりに行くと国道399号線に戻る。
 北福島医療センターは、399号線にぶつかる少し手前にある。

 北福島医療センター
 http://www.jinsenkai.or.jp/sisetu-annai/kitahuku/index.html


 歩いてきた道と399号線の角には、JA伊達みらい伊達営農センターがある。
 桃や林檎などの選果場で、中学校の夏休みに数日、アルバイトで桃の出荷用箱の組み立て作業を手伝った。
 おやつ用に桃をもらい、それを冷蔵室で冷やしておく。
 暑さの中、手首に果汁を滴らせながら、冷たい桃を皮ごとかじるのが何よりの楽しみだった。

 JA伊達みらい
 http://www.jadatemirai.or.jp/


 国道399号線を西に歩いた…。




 来る時にも歩いた軌道線跡の道路では、カッコーが鳴いていた。

 旧伊達橋を渡ってすぐ右に折れる。
 阿武隈川の土手上を巡る通称サイクリングロードに足を向け、伊達橋の下を潜った。




 浮上して土手の上を歩く。
 青い構造物は国道339号線の伊達橋。
 写真の枠外右が伊達市役所伊達総合支所(旧伊達町役場)の裏手にあたる。

 ヨークベニマル伊達店が見え、土手を下りた。
 お目当ては白ワイン。
 キンキンに冷やして、こみ上げる思い出とともに…。




2013年11月4日月曜日

【第二十九回】伊達 チューリップとおから炒り



 2010年4月29日。








 近所の私道にチューリップが咲き並んでいた。





 周辺の田んぼは、この年に宅地に変わった。


 田に水が張られるとカエルの大合唱が聞こえる。
 夏には蛍が闇夜に漂っていた。
 またある時は、祖母とイナゴを捕り、佃煮をこしらえた。
 カスミ網にひっかかっているミミズクを、逃がしてやったこともあった。





 おから炒りで晩酌の準備。
 山形県高畑市で仕入れた打ち豆入り。




【第二十八回】桜 桑折町・常称寺から飯坂・舘の山公園
 そして花ももの里



 2010年4月26日。
 東京で桜を見た後の、二度目の花見。



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 福島盆地の北を囲む半田山。

 伊達市旧霊山町から保原町へ坂を下る国道349号線では、一時その山影に蔵王連峰を見ることができる。
 が、旧伊達町からは、完全に隠れて見えない。

 宮城県との境に鎮座する半田山がなければ、安達太良、吾妻、蔵王連峰という1000m超えの峰々が一望できたかと思うと、少し惜しい気がする…。
 当地の景観、文化、風土に重要な役割を果たす山だ。

 半田山の裾野、桑折町平山地区にある常称寺はご当地限定、知る人ぞ知る枝垂れ桜の名所である。

 桑折町観光ガイド
 http://www.town.koori.fukushima.jp/site/kankou/








 見上げると、まるで花に包み込まれるようだ。

















 桃色が丘を覆う様子はまさに桃源郷。


 桑折町は伊達氏発祥の地といわれている。

 源頼朝の奥州攻めに従った常陸国常陸入道念西が、その戦功により伊達郡の地頭となって入部。
 初代伊達氏、伊達朝宗を名乗り、当地を本拠に勢力を拡大させた。
 伊達政宗はその十七代目にあたる。

 桑折町の歴史
 http://www.town.koori.fukushima.jp/soshiki/1/119.html

 桑折町は旧伊達町と同じ伊達郡であったが、平成の大合併による平成18年1月1日の伊達市(伊達町、梁川町、保原町、霊山町、月舘町)誕生の前協議で離脱を表明。
 現在は独自の道を歩んでいる。


 常称寺から東へ急坂を下り、東北自動車道の下を潜った右手に、福島県指定天然記念物「万正寺の大カヤ」がある。
 根本から60センチメートル上の幹回りが約7.5メートル。
 カヤの巨樹としては日本一といわれる。

 万正寺の大カヤ
 http://www.town.koori.fukushima.jp/site/kankou/ookaya.html







 カヤは桑折町の木に指定されている。


 この道は、車で半田山へ行くのに、よく通った。

 半田山自然公園|桑折町観光ガイド
 http://www.town.koori.fukushima.jp/site/kankou/handa-shizen.html

 半田山|福島の山々
 http://yamayama.jp/handa/handa.htm



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 半田山自然公園に行くには、大カヤを過ぎてJR東北本線にぶつかったところを左折。
 線路に沿って道なりに進む。

 県道353号線に入り、右手に半田郵便局を過ぎた後、道路は左に曲がって校庭が見えてくる。
 半田醸芳小学校を右に見ながら直進し、東北自動車道の下を潜って、Y字路を右へ。

 最後の民家を過ぎてから勾配が急になり、右に緩くカーブした後、左に第一ヘアピンコーナーがある。(ショートカットもできる)
 右に直角に曲がるコーナーが二つあり、鈴鹿サーキットからパクって、テグナーコーナーと呼んだ。


 二つ目を曲がった所で(その時は半田山自然公園から町に下りるために逆方向に戻っていた)、左から何やら獣が飛び出し、ブレーキを踏んだ。
 安全運転だったのですぐに止まったが、コロコロと転がる姿がライトに照らし出され、慌てて獣が右の林に飛び込むのが見えた。
 タヌキであった。

 降りて車の前を確めるとナンバープレートが軽く下側に反っていた。
 これがクッションになったのだろう、と安堵した。
 それ以来、仲間内ではタヌタヌコーナーと呼ばれていた。


 半田山を上る話に戻って、そこから右に緩く曲がって林が開ける。左に曲がった後、下りのS字になり、逆バンクに見えなくもない。

 再び上り坂となって、第二ヘアピンに入る。
 視界が悪いので安全運転を心がけよう。

 何度かクネクネと曲がり、バックストレッチに出る。
 長い直線の後に緩く左に曲がり、さらに左にカーブは切れ込む。
 切れ込んだ所で、友人Tの車が外側にコースアウトしていた。

 4人がかりで車を道に押し出した。
 足回りは落ち葉だらけ、ホイールに枯れ枝が刺さる。
 それ以来、仲間内ではTコーナーと呼ばれるようになった…。

 半田山の上まで行くのは大変だ!


 こうした山道は飯坂の方にも数ヵ所あり、ザカスカ(飯坂スカイラインの略)と呼ばれていた。
 若気の至りでザカスカのガードレールに刺さったことがある。
 徒歩で山を下り、愛宕神社の下の公衆電話から連絡したのは雪がちらつく夜であった。
 温泉街が空々しいほどに明るく見えた。

 愛宕神社|飯坂温泉
 http://www.iizaka.com/contents/kankou/jinjya.html


 半田山キャンプの時の深夜の半田沼周遊肝試しはマジで怖い…。
 懐中電灯を消すと、すぐ隣の人が全く見えない。
 誰が紛れ込んでもおかしくはない。
 声のトーンがいつもと違うことに気がつくと、首筋に冷たいものが…。

 また、ある時には駐車場に寝転んで、夜空を眺めた。
 どこまでも深く重なり合う。
 足を持ち上げると、容易に星々をまたいで歩くことができた。


 常称寺で花見をした後、県道124号線で飯坂に入り、舘の山公園(大鳥城趾)の桜も見に行った。
 ※舘の山公園についての詳細は過去エントリを参照。

 【第二十二回】伊達の春と飯坂・舘の山公園
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2013/10/blog-post_31.html











 安達太良(左)と吾妻(右)連峰。

 吾妻連峰中程には富士山の形をした吾妻小富士があり、山肌には雪兎が現れている。
 その姿がくっきりと見える頃、地元の農家が作物の種をまき始める。






 舘の山公園の麓にある、「花ももの里」にも初めて寄った。



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 花ももの里|飯坂温泉オフィシャルサイト
 http://www.iizaka.com/join/join03/


















 みちのくの遅い春。
 まるで点描画のような彩り。




【第二十七回】相馬 原釜尾浜海水浴場と松川浦



 2010年4月25日。

 海なう。










 子どもの頃から泳ぎに来ていた原町尾浜海水浴場。

 原釜尾浜海水浴場のご案内
 http://www.city.soma.fukushima.jp/kanko/kaisuiyoku.html


 こうして波と戯れていた。

 一年後の東日本大震災によって、この地が巨大津波に呑み込まれるとは、これっぽっちも思っていなかった証左だろう…。

 三陸の津波はよく知られていたが、福島沿岸に津波が来ると思っていた人は、皆無ではなかろうか。
 福島第一原発事故後の様々な検証からは、津波対策が不充分だったと指摘される。
 が、では、なぜ事故の前に、公に説得性を持った津波対策を実現可能な形で誰も進言しなかったのか…。

 すべては結果論でしかない。
 なぜかというに、そもそも地震が予知できないのだから。



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 ランチは「十三や」でチャーシュー麺。
 スープがサッパリして美味しい。




 上記の地図では、右端の相馬原釜漁協漁業関連資材購買センターから手づくりの湯旅館栄荘に行く、少し手前に「十三や」はある。

 私は、この日が初めての来店であったが、もともと「十三や」は松川浦で海苔の養殖に携わっており、母たちの仲間が海苔を買いに来るついでに店で食事をしていたそうだ。

 震災後に一度訪ねてみたけど、その時は閉まっていた。
 その後の昨年秋に、元気に営業している様子をウェブで見つけた。

 2012.09 Always TRG|風に吹かれて
 http://minkara.carview.co.jp/userid/287252/blog/27956855/


 相馬に行く時にまた寄ってみっぺ…。



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 県道38号線沿い、松川浦に隣接する海鮮市場・カネヨ水産。




 カレイの一夜干し、アサリ、ホッキ貝などを買いに来ていた。




 しかし、この地も津波で被災。
 跡形もなくなった。






 同じ敷地内にあったお食事処「たこ八」は、しばらく別の所で営業していた。

 2013年11月2日、元の場所を通りかかったら店は再建され、営業を始めているようだった。

 お食事処たこ八|相馬市松川浦観光振興グループ
 http://matsukawaura.com/takohachi.html




 春の日射しに穏やかな松川浦。




 国道115号線を伊達に戻る。
 彼処で山桜が染まっている。




 途中、お約束のソフトクリームを…。

 まきばのジャージー
 http://tabelog.com/fukushima/A0701/A070102/7000033/

 【第十六回】伊達・霊山「まきばのジャージー」と阿武隈川の白鳥ふたたび
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2013/10/blog-post_1990.html