【 福 島 の 風 光 】
 郷里である伊達市(旧伊達町)を中心に、風光明媚な福島を紹介します。
伊達市は福島県中通り、県北に位置し、海に山に車で一時間程のロケーション。
吾妻連峰、相馬、会津、宮城県南部、山形県南部が行動範囲。
訪れた地域の食や伝統文化、郷土史にも触れられたらと思います。

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2017年1月2日月曜日

【第九十三回】謹賀新年2017〜伊達のおせち料理と阿武隈川




 オープンしたばかりの「道の駅 猪苗代」に出かけたり、檜枝岐温泉への日帰り配達、東京年末挨拶回り等々、前回のエントリ以降もイベント的なものはあったのだけど更新までには至らなかった…。

 そちらはまた別の機会にして、年の変わり目をメモ的に記します。




 2017年12月29日。
 頂き物の伊達市梁川産「あんぽ柿」。

 伊達市の名物「あんぽ柿」は、原発事故の影響もあってしばらく生産を控えていた。
 が、生産者や関係各位の努力で、放射能測定結果も問題ないレベルとなり、ようやく本格的に生産が再開された。

 伊達市が日本一の生産を誇るあんぽ柿|だてめがね
 http://www.date-shi.jp/cat89/post-431.html


 秋から冬にかけての風物として、鮮やかな柿色が田園を染めている。
 12月22日の東京年末挨拶回りの際にも、手土産として持参し配ったら好評であった。





 30日には餅をつき、今年は胡桃餅、小豆餅、キャベツ餅で食す。
 祖父の代から使っていた臼が割れてしまったため、最近は電動餅つき器を使っているけど、それでも自宅でつく餅は美味しい。



 翌31日はいよいよおせちの調理が本格化して、厨房は大忙し…。




 田作り。




 黒豆煮。




 ニシンの昆布巻き。




 膾。




 イカニンジン。




 ほぼ出揃った。
 これに煮物、蒲鉾、数の子が加われば、もういつでも酒が酌める。

 当家の昆布巻きとイカニンジンの作り方は【第四十四回】に載せているので、興味のある方はご覧ください。

 【第四十四回】2011年大晦日から2012年元日 伊達のおせち料理
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2014/08/20112012.html




 叩きごぼうの胡麻味噌和え。




 筑前煮も完成。




 晩酌は、花春酒造の吟醸酒で、煮崩れた子持ちカレイ、カキのオイル漬け、イカニンジン、メバチマグロとハマチの刺身、粒胡椒添えの鴨の燻製など。🍶
 食い納めだよ、全員集合。

 吟醸酒|花春酒造
 http://hanaharu.co.jp/ginjou.html



 21時頃、年越しそばの準備をした。




 檜枝岐温泉の民宿「檜扇」から届いたそば粉100%の「生そば」である。






 風味豊かなそばを手繰り、その後口をすする…。

 民宿「檜扇」には、8月7日と12月19日に桃とリンゴの配達に出かけた。
 8月7日の様子は【第八十三回】に記している。

 【第八十三回】檜枝岐温泉と奥会津の夏の風光
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2016/08/blog-post.html

 民宿「檜扇」フェイスブックページ
 https://www.facebook.com/民宿檜扇-866769210050720/



 そして、2016年に別れを告げ…。




 2017年、元日。
 あけましておめでとうございます!



 酉年ということで伊達郵便局(「旧伊達橋〜阿武隈川〜伊達長岡」地図A)で年賀状を投函したついでに阿武隈川まで歩き、鳥たちにご挨拶。






 旧伊達橋を渡る。
 橋については【第六十九回】に詳しい。

 【第六十九回】伊達箱崎の愛宕神社例大祭と獅子舞
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2016/04/blog-post_14.html




 初吾妻小富士は見えなかった。(「旧伊達橋〜阿武隈川〜伊達長岡」地図B)




 隠し撮りを察知した川鵜。




 モズは「枯木鳴鵙図」のように。

 宮本武蔵《枯木鳴鵙図》“生と死”逆転の命──「河田昌之」
 http://artscape.jp/study/art-achive/10102134_1982.html




 白鳥が例年休んでいる浅瀬の近くでは河川工事が行われており、別の所に退避していた。(「旧伊達橋〜阿武隈川〜伊達長岡」地図C)
 阿武隈川の白鳥については【第十六回】にも記している。

 【第十六回】伊達・霊山「まきばのジャージー」と阿武隈川の白鳥ふたたび
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2013/10/blog-post_1990.html




 鳥インフルエンザ騒ぎで世間の風当たりは冷たいけれど、白鳥たちに罪はない。




 阿武隈川から戻り、国道4号線上に架かる坂を歩く。(「旧伊達橋〜阿武隈川〜伊達長岡」地図D)

 1971年まではここを福島交通軌道線(飯坂東線)が走っており、その名残が坂の上り口にある電線を吊り下げていた高架線の支柱に残っている。
 福島交通軌道線については【第三十七回】にも記している。

 【第三十七回】伊達・箱崎 愛宕山から高子沼
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2013/11/blog-post_9.html

 福島交通飯坂東線
 https://ja.wikipedia.org/wiki/福島交通飯坂東線




 国道4号線の北側、仙台方向。
 南はお江戸日本橋まで続く…。

 右の階段降り口の辺りには、かつて大銀杏があり「逆さ銀杏」と呼ばれて親しまれていたと老人たちはいう。
 八幡太郎(源)義家が川(阿武隈川)を渡り、舟を舫うのに杭を打ったところ、それが銀杏の木になったと伝えられる。
 福島各所にはこうした義家伝説が残されている。

 木の上には3畳ほどの広さのスペースがあり、地元の猛者どもがそこで博打をしていこともあったようだ。

 新しい国道4号線の整備の際に、大銀杏は切り倒されてしまった。
 今の時代だったら木は残す方向で工事が行われただろう。
 かなりの巨木で、伊達の名物になったかも知れない…。




 熱田神社へ参拝。(「旧伊達橋〜阿武隈川〜伊達長岡」地図E)




 伊達長岡天王通り商店街(県道353号線、旧国道4号線)を横切る。
 伊達橋から続く福島交通軌道線跡は、旧国道4号線と交わる所で六角と呼ばれる広場になっている。
 かつては「分岐点」と呼ばれ、福島駅前から出発した路面電車は、この「分岐点」で保原、掛田方面へ向かう電車と、伊達駅、湯野、飯坂方面へ向かう電車とに分かれた。

 路地へ入って八雲神社(「旧伊達橋〜阿武隈川〜伊達長岡」地図F)にも参拝した。
 夏の天王祭では太鼓の競演が熱い熱田、八雲の両神社に人影はなく、ヒヨドリやムクドリ等の野鳥の声が響いていた。

 【第八十二回】伊達長岡天王祭2016
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2016/07/blog-post_26.html


 今年は静かに初詣。
 よい1年となりますように…。






2016年7月26日火曜日

【第八十二回】伊達長岡天王祭2016




 今年も7月24日、25日に長岡天王祭が行われた。

 長岡天王祭
 http://www.date-shi.jp/cat47/date/post-290.html


 旧伊達郡伊達町(現伊達市)で阿武隈川の西側、旧長岡村の各方部会が山車屋台を引きながら練り歩き、かつて福島交通軌道線の分岐点があった六角広場や、熱田神社、八雲神社の境内で笛や太鼓を競い合う夜祭だ。
 前日まで近所の集会所では、子供たちが中心となって、お囃子の練習の音が響いていた。

 ※参考:伊達町の歴史
 https://ja.wikipedia.org/wiki/伊達町



 7月23日夕刻より、北部方部会の前夜祭に参加した。






 こちらが北部方部会が引く山車屋台。
 なかなか立派。




 ビールには肌寒い陽気で、途中から熱燗に変えた。






 祭囃子の練習の締め。
 ささやかな花火大会で前夜祭を終えた。






 7月24日。




 桃畑の横を志和田方部会の山車屋台が進んで行く。




 今度は駅前方部会の山車屋台が、お囃子を響かせながら横切って行く…。
 こうして一日中、お囃子と山車を引く子供たちが練り歩くのが長岡天王祭。




 祭囃子を耳にしながら、縁側で「あかつき」に齧りつく。




 高校野球県大会を制した聖光学院の校舎が隣接する、生協団地方部会の山車屋台が通過。
 何度目かは数えてないけど、祭の方から寄って来てくれる。




 一方、厨房では昆布巻きの仕込み…。
 当地ではハレの日に作られる。






 ①下ごしらえ
 餅米の磨ぎ汁に一晩浸けて戻した身欠きニシンを昆布で巻き、水煮する。
 煮干と、大さじ一杯のお酢を加える。
 干瓢では巻かずに、昆布で巻く。
 銅鍋で煮ると、昆布の色は鮮やかさを保つ。

 ②煮含め
 下煮した昆布巻きに、醤油、砂糖、味醂、日本酒を加えて煮含めて行く。
 様子を見ながら三度ぐらい味の微調整。



 (翌25日朝の状態)

 ③仕上げ
 最後に煮汁を煮詰めて味を整え、昆布巻きにかける。
 そうして煮汁を含ませつつ、しばらく休ませたら出来上がり。

 美味しくなる秘訣は、働かせて休ませて、働かせて休ませる。
 料理も人も扱い方は同じかも知れない。
 料理はサイエンス、料理はマネージメント。



 18時頃までに伊達中央交流館駐車場に集まり、お囃子の腕慣らしを済ませた山車屋台は、これより長岡天王通り(旧国道4号線)に出発する。



















 国道399号線から長岡天王通りを、各方部会の山車屋台が練り歩く。
 (動画「長岡天王祭2016年7月24日」参照)








 六角広場に集まり、お囃子の競演が始まった。














 提灯が灯って夜祭らしくなってきた。






 熱田神社の境内へ向かう路地は、出店で賑わう。

 この路地は六角広場の分岐点で分かれ、保原方面へ行く、福島交通軌道線が通っていた。
 熱田神社の前を通り、国道4号線に架かる高架橋をスロープ状に下り、伊達橋へ行く。

 福島交通軌道線については【第三十七回】【第六十九回】で記している。

 【第三十七回】伊達・箱崎 愛宕山から高子沼
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2013/11/blog-post_9.html

 【第六十九回】伊達箱崎の愛宕神社例大祭と獅子舞
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2016/04/blog-post_14.html




 ミスピーチも訪れ、祭に花を添えた。

 熱田神社の前で、間近で写真を撮らせてくれたのだけど、背景が三河屋の建物になってしまった…。
 機転を利かせてこの反対側、神社の鳥居を背景にお願いすれば良かったと海より深く反省。






 20時頃、1日目の競演を終えて山車屋台の撤収が始まった。









 7月25日。
 昼餉はニシンの昆布巻きと赤飯。









 18時45分頃、各方部会の山車屋台は直接六角広場へ向かった。




 お囃子の競演の中、神輿が担ぎ出され、神主によるお清め、剣の舞…。




 そして、巫女たちによる舞が奉納され、神輿の渡御が始まる。






 山車屋台は時折位置を変えながら、お囃子を続けている。
 その周りを練り歩く神輿は、無秩序な動きに見える。

 20時頃、山車屋台は前日出店のあった路地を一台ずつ順に進み、熱田神社の境内へ向かった。
 境内に入ると、また一台ずつ社殿前へ進み、お囃子を奉納。
 奉納した順に横に控えて、最後に神輿が参道を進んできた。
 祭囃子も最高潮。
 (動画「長岡天王祭2016年7月25日」参照)



 6度ぐらいやり直して、ようやく神輿が社殿に収まり、宮入の終了。
 打ち上げ花火が上がった。



 宮入後に六角広場に戻った山車屋台。
 方部会同士の挨拶を済ませながら、帰って行く…。





 同時期に行われる、勇壮な相馬の祭とは対照的。
 長岡天王祭が終わると、いよいよ伊達に本格的な夏が訪れる。

 桃の季節だ。