【 福 島 の 風 光 】
 郷里である伊達市(旧伊達町)を中心に、風光明媚な福島を紹介します。
伊達市は福島県中通り、県北に位置し、海に山に車で一時間程のロケーション。
吾妻連峰、相馬、会津、宮城県南部、山形県南部が行動範囲。
訪れた地域の食や伝統文化、郷土史にも触れられたらと思います。

ラベル 国見町 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 国見町 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2014年3月6日木曜日

【第四十一回】伊達市梁川から宮城県丸森町へ
 ゆるやかに流れる阿武隈川



 震災後、初めての帰省5日目。
 2011年5月7日。


 トクちゃんらーめん|福島県郡山市 江戸っ子親父の東京醤油ラーメン
 http://tokuchan-rahmen.jp









 5月8日。




 テレビは一日中逆L型で情報を発信していた。




 隠れたつもり…。


 この日は阿武隈川を、伊達市梁川から宮城県丸森町の方へと下った。
 震災以来、出かけるのが億劫になっていた両親を外に連れ出すのが目的。

 屋根瓦が崩れた民家が点在する。
 未だ破損箇所を青いビニールシートで覆う応急処置のまま佇んでおり、グーグルアースの衛星写真からも青い屋根は確認できた。




 国道4号線を国見町役場前の信号機で右折。
 国見町役場も震災で損壊した。

 庁舎建設工事の安全祈願 震災で損壊の国見町役場|福島民報
 http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2013/09/post_8204.html


 県道320号を行き、伊達市梁川(旧伊達郡梁川町)に入る。
 梁川の地名は、中央部を流れる阿武隈川や、霊山地区(旧霊山町)から流れて阿武隈川へと合流する広瀬川が鮭の良好な漁場で簗が築かれていたことに由来する。

 梁川町
 http://ja.wikipedia.org/wiki/梁川町


 梁川は伊達氏とも縁が深い。
 源頼朝による1189年(文治5年)の奥州征伐では、隣の国見町厚樫山(阿津賀志山とも書く)山裾が藤原氏との決戦場となった。

 【第三十四回】国見町 厚樫山と古戦場
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2013/11/blog-post_6752.html

 阿津賀志山
 http://www.ntt-fukushima.com/fbrari/030/index.html


 その戦で武勲を立てた常陸国中村庄の中村氏が、源頼朝から伊達郡と信夫郡を拝領し、伊達氏を名乗るようになったのが始まりだ。
 室町時代、弘治元年(1555年)には伊達晴宗が奥州探題に任じられ、梁川城を本拠地としてこの地を治めた。
 室町幕府滅亡後も伊達政宗(晴宗の孫)が奥州探題を自称して引き継ぎ、豊臣秀吉による奥州仕置で正宗が岩出山へと転封させられるまでの約400年間、梁川は伊達氏の支配下だった。

 伊達氏ゆかりの歴史を訪ねて|福島県伊達市
 http://www.date-shi.jp/pdf/rekishi.pdf

 梁川八幡神社は、正宗が16歳で初陣する時、戦勝祈願のために参詣したといわれている。

 梁川八幡神社・龍宝寺|だてめがね
 http://www.date-shi.jp/126/post-109.html


 国道349号にぶつかって、左折。
 阿武隈川に沿って走る。

 この辺りは川沿いに孟宗竹の林が多く、「たけのこ街道」とも呼ばれている。




 いなか道の駅「やしまや」で小休止。
 母が何か食材を買っていた。

 いなか道の駅 やしまや
 http://www.marumori.jp/markets/1027.html

 丸森からの風便り
 http://www.nhk.or.jp/ashita-blog/150/180889.html




 釣り人が長閑に糸を垂れる…。
 ゆるやかに流れる阿武隈の水。

 だが、忘れた頃に牙を剥き、当地に度重なる水害をもたらしてきた。

 阿武隈川の現状と課題[PDF:17MB]─国土交通省
 http://www.thr.mlit.go.jp/fukushima/kasen_seibi/2012henkou/3.pdf




 彼処の崖で揺られる、山吹の花…。
 対岸を走っていた阿武隈急行線が、丸森駅の手前でこちら側へ橋を渡る。

 駅・路線情報|阿武隈急行
 http://www.abukyu.co.jp/about/info-sta/



 国道349号線は、阿武隈ライン舟下りの発着所を下った所で国道113号線に合流する。

 丸森町観光案内
 http://www.marumori.net/


 道は左に大きく曲がり、阿武隈川を離れ、国道113号線を角田市経由で帰路に着いた。



 みやぎ生協白石店
 http://www.miyagi.coop/shop/shoplist/store.php?shop=40









2013年11月6日水曜日

【第三十四回】国見町 厚樫山と古戦場



 2010年5月6日。

 伊達郡国見町にある厚樫山(あつかし)山に登った。



 大きな地図で見る


 地図を見ると、厚樫山の南に阿津賀志山防塁の印がある。
 阿武隈川にかけて狭まった裾野。
 国道4号線(奥州街道)、JR東北本線が添うように走り、それを上から見下ろせる。
 この地を過ぎると宮城県白石から仙台平野が広がる。
 その直前の防御の要であったことがうかがい知れる。

 当地はその昔、奥州藤原氏と源頼朝率いる討伐軍とが激突した古戦場であった。
 藤原氏は頼朝軍を迎え撃つべく、阿津賀志山から阿武隈川に至るまで、二重の空堀と三重の土塁からなる、長さ約4kmに及ぶ防塁を築いた。

 1189年8月8日早朝、戦いの火蓋が切られた。
 当初一進一退の攻防が続いたが、3日後に阿津賀志楯(あつかしたて)が陥落。
 頼朝軍が仙台平野から藤原氏の本拠である平泉になだれ込んだ。

 第五幕:阿津賀志山の戦い|くにみ義経物語
 http://www.town.kunimi.fukushima.jp/groups/kikaku/kikakujoho/yoshitune/05.html




 伊達郡北部を一望。




 厚樫山は展望台公園として整備されている。




 道端にワラビがあったので摘んだ。




 こうした山道を、武者たちが駆け抜けたのかも知れない。






 つわものどもが夢の跡…。




2013年11月4日月曜日

【第三十回】国見町 萬蔵楽山の清水とフキノトウ
 そして蔵王連峰を見る



 2010年4月30日。

 萬蔵楽山の周辺に、フキノトウを摘みに出かけた。
 伊達郡国見町、県道46号線(七ヶ宿街道)から小坂峠を登る。
 この辺りは、奥州藤原氏と源頼朝率いる討伐軍とが激突した古戦場。
 其処彼処に義経伝説も残る。

 くにみ義経物語
 http://www.town.kunimi.fukushima.jp/groups/kikaku/kikakujoho/yoshitune/index.html



 大きな地図で見る


 万蔵稲荷神社の辺りから萬蔵楽山へ行く山道に入った。
 過去エントリもご覧いただきたい。

 【第九回】国見・小坂峠と七ヶ宿街道
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2013/10/blog-post_5196.html






 残雪の蔵王連峰。

 蔵王は、夏には手軽なハイキングコースとして人気だ。
 (麓から登る、上級コースもある)

 【第十一回】蔵王 山形・熊野岳と宮城・御釜
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2013/10/blog-post_5887.html





 ショウジョウバカマ。







 フキノトウ。
 花が開いたものは茎の部分を金平にする。

 道端に現れたフキノトウを摘みながら進む…。
 ぴょんぴょんと伸び始めて、もうシーズンは終わりに近い。





 萬蔵楽山ハイキングコース入口。

 山岳信仰も集める萬蔵楽山。
 ハイキングの様子はこちらのサイトに詳しい。

 萬蔵楽山|あの山に登ろう
 http://freett.com/maru51/2008b/379.html











 国見町、桑折町、伊達市を一望。
 中央には阿武隈川が横たわる。







 小坂峠の登り口には水車があった。


 萬蔵楽山の南に隣接する半田山は半田銀山と呼ばれ、昭和五十一年(1976)まで日本屈指の銀等の鉱物採掘地であった。

 半田銀山|千百年の栄枯盛衰 PDF
 http://www.pref.fukushima.jp/kenpoku/kensetsu/chiiki/pdf/koorigaku_3.PDF




2013年10月25日金曜日

【第九回】国見・小坂峠と七ヶ宿街道



 国見町は、桑折町と川俣町とともに、平成の大合併で伊達市に参加しなかった町の一つ。
 旧伊達郡では唯一、東北自動車道国見ICがある。



 大きな地図で見る


 国見ICを降りると県道46号線、七ヶ宿街道に出る。
 左折して北西に向かうと、この辺りが小坂地区。
 集落を抜け、さらに進むと登り勾配がきつくなる。
 朱色の大鳥居を潜り、最初の左ヘアピンカーブを曲がってからは、急カーブが連なる小坂峠となる。

 中学生の時、友人たちと自転車でこの坂を登った。
 スポーツサイクルが多い中、私だけ無変速ママチャリだったので、頂上に達するまでにかなりバテた。

 小坂峠は、走り屋たちには絶好のステージだった。
 深夜にギャラリーコーナーで、AE86が車体を滑らすドリフトの饗宴を見に行ったものだ。

 峠の最高点の辺りが福島県と宮城県との境になる。
 宮城県側に入ったところに万蔵稲荷神社があり、「万蔵様」と呼ばれて地元の人に親しまれている。

 万蔵稲荷神社
 http://www.city.shiroishi.miyagi.jp/welcome/guide/004.html


 万蔵稲荷神社から峠を下り、戸沢集落を過ぎる。
 道なりに行くと、宮城県白石と山形県高畠とを結ぶ国道113号線に通じる。
 この道も七ヶ宿街道。
 高畠方向に左折してトンネルを抜けると、左手に七ヶ宿ダムが見えてくる。

 七ヶ宿ダム
 http://www.town.shichikashuku.miyagi.jp/sightseeing/view/dam.html


 ダムを横に見ながら、七ヶ宿町役場に行く手前を右折すると、遠刈田温泉、蔵王方面。
 蔵王に登る時にはこの道を行く。

 また、「蔵王すずしろ」に豆腐や湯葉を買いに行くこともある。
 丹誠込めて作られた豆腐は美味しい。

 蔵王すずしろ
 http://www.wam.go.jp/content/wamnet/pcpub/top/torikumijirei/c04_200802_08.html


 七ヶ宿町のメインストリートを通り過ぎると、左手に七ヶ宿スキー場の斜面が見える。
 このスキー場にも何度か通った。

 七ヶ宿スキー場 オートキャンプ場きららの森
 http://www015.upp.so-net.ne.jp/ski-ski/


 2007年4月6日。





 山形県境の前、国道113号北側、白石川流域の最上流に「玉の木原湿原」がある。

 水芭蕉群生地
 http://www.town.shichikashuku.miyagi.jp/sightseeing/view/mizubasho.html





 水芭蕉がいっせいに咲き開く姿は、清楚で美しい。
 遊歩道は雪解け水で水没している箇所もあるので注意して歩く。
 ちょろちょろと流れの音も心地良い。





 戻って、国道113号から南に折れた山道を登る。
 稲子集落に行く途中、山肌にポツポツと芽生えるフキノトウを摘むためだ。
 この道路は、福島県の国道399号線へと通じるが、冬季は途中で通行止め。
 レジ袋いっぱいのフキノトウが摘めた。





 七ヶ宿ダムの南側を行く。
 行きに通った国道113号線の橋の上、遠く蔵王連峰の頂きが見える。





 七ヶ宿ダムの下流、白石川の渓谷には材木を立てかけたように浸食された材木岩がある。

 材木岩
 http://www.city.shiroishi.miyagi.jp/welcome/guide/010.html


 伊達から1時間ほどで行ける、自然豊かな土地である。