【 福 島 の 風 光 】
 郷里である伊達市(旧伊達町)を中心に、風光明媚な福島を紹介します。
伊達市は福島県中通り、県北に位置し、海に山に車で一時間程のロケーション。
吾妻連峰、相馬、会津、宮城県南部、山形県南部が行動範囲。
訪れた地域の食や伝統文化、郷土史にも触れられたらと思います。

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2016年3月13日日曜日

【第五十五回】山間に春の訪れを知らせるザゼンソウ
〜伊達市梁川から北阿武隈山地を巡って丸森町欠入へ




 2016年3月12日。





 ザゼンソウが咲き始めている頃と聞き、出かけることにした。





 梁川の富野小学校からまっすぐ県道101号線(丸森梁川線)を行けばよかったのだけど、右折して、県道102号線(平松梁川線)に入ってしまったので、かなり大回りとなった。




 https://youtu.be/2SLPO94o8l4?t=7m54s

 白根小学校の横を過ぎ(動画6:10頃)、脇道に入って少々道に迷った後(松坂峠ではなく雁田方向に行った)、県道102号線に戻って福島県伊達市と宮城県丸森町の境「松坂峠」(地図B)越えた。

 山道をくねくねと行く…。
 一箇所、路肩に雪が僅かに残っていた。



 佐久間酒店のところで県道102号線は終了。
 宮城県の県道45号線へと変わる。
 GoogleEarthには、そこから右折して少し行ったところに「ひっぽ森のレストラン」(地図C)があると記されていたので、のぞきに行ってみた。

[休業中]ひっぽ森林のレストラン
 http://marumori.jp/spot/hippo-mori-no-restaurant/

 が、敷地の外からは、やっているかどうか確認できなかったので、引き返してザゼンソウを目指すことにした。



 県道45号線を行くと、丸森町筆甫(ひっぽ)地区。
 春にはウバヒガンザクラの風光で知られているようだ…。

 丸森町 ウバヒガンザクラ|蔵王の見える風景
 http://7rev.blog28.fc2.com/blog-entry-754.html



 さらに進むと、右手に渓谷が現れ、不動尊公園キャンプ場が見えてくる。

 不動尊公園キャンプ場
 http://marumori.jp/spot/fudosoncampjyo/

 当ブログではまだ紹介していなかったけど、2014年5月4日に一度訪れた。

伊達より梁川経由で阿武隈川の南岸を下り、宮城県丸森町を行く…。この辺りは伊達氏と相馬中村氏が勢力を争った地。

小野 敏明さんの投稿 2014年5月4日






 暖かくなったら、バーベキューやキャンプで賑わう。



 不動尊公園キャンプ場を素通りし、しばらく行くと、右手に橋が見えてくる。
 右折して、橋を渡ってすぐのところにある「自然ゆうゆう館天水舎」(地図D)で小休止。

 自然ゆうゆう館天水舎
 http://marumori.jp/spot/tensuisya/





 斜向かいには直売所もあり、地域の生鮮野菜などが買える。

 不動直売センター
 http://marumori.jp/spot/fudo-cyokubai-center/



 日が暮れてしまうので、先を急いだ。
 県道45号線に戻り、丸森町役場方向を目指す。

 その手前、宮城県立伊具高等学校のところで左折すると、福島県伊達市梁川の富野小学校前から通じている県道101号線にぶつかる。
 最初からこの道を通ってくれば近かったのだけど…。

 梁川方面へ戻った。



 左手に目印の欠入薬師如来の祠が見えてくる…。
 そして、15時35分。
 丸森町営バスの欠入バス停の先(地図E)、右手にある林の中の湿地帯に咲く、ザゼンソウの花々を見つけた。














 道路から30メートルほど入ったぬかるんだ土の上に、ポツポツと点在する。

 ザゼンソウ [座禅草]|みんなの花図鑑
 https://minhana.net/wiki/ザゼンソウ

 まさに、僧侶が座禅を組んでいるようであった…。






 県道101号線を真直ぐ走り、梁川山舟入(やまふにゅう)地区を抜け、富野小学校前へ戻る…。
 そのまま帰宅の途についた。


 17時過ぎに帰着。
 途中、ヨークベニマル伊達店で調達した刺し盛り(鰹、鰤、鯛、アオヤギ、ツブ貝)とボイルホタルイカをつまみに、喜多方の酒「大和川酒造 弥右衛門辛口純米」を酌む…。

 大和川酒造
 http://yamatogawa.by.shopserve.jp





 震災から5年と1日。
 福島の食は充実、かつ美味である。






2014年8月16日土曜日

【第四十六回】相馬の海と塩浜ラーメン



 2012年1月4日。




 梅の枝にはモズの保存食?

 「モズの早贄(はやにえ)」と呼ばれる習性。
 冬の食料確保が目的とも考えられるけど、そのまま放置されることも多く、後になって食べられることは少ないらしい…。

 百舌鳥(もず)|生きもの歳時記 万葉の生きものたち
 http://www.bioweather.net/column/ikimono/manyo/m0510_2.htm



 正月休みの最後は、相馬に出かけることになった。






 国道349号線で阿武隈川沿いを下り、宮城県丸森町を抜けて、相馬に入った。

 【第四十一回】伊達市梁川から宮城県丸森町へ ゆるやかに流れる阿武隈川
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2014/03/blog-post_6.html



 そのまま相馬港を目指して走る。
 この辺りは新地町との境。

 ねじ曲がったガードレール、傾いた道路標識、何かの建物の基礎…。
 海岸沿いに並んでいた緑がなくなった。
 被災して一時稼働を停止していた新地発電所に近づくと、津波の爪痕が其処彼処に見られた。

 相馬共同火力発電株式会社
 http://www.somakyoka.co.jp





 昔、海水浴に来た、原釜尾花海水浴場付近は、未だこのような状態。
 http://g.co/maps/y2hjm






 今は、静かな海。

 合掌…。





 新地発電所から煙が上る。



 相馬市ポートセンター付近にも廃墟が残っていた。



 海苔の養殖が盛んだった松川浦が、美しく佇む。

 【第二十七回】相馬 原釜尾浜海水浴場と松川浦
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2013/11/blog-post_8563.html






 道の駅「そうま」。
 http://www.thr.mlit.go.jp/road/koutsu/roadstation/fukusima/fu08.html



 被災地にお金を落とそうと、いつもより多目に土産を買った。







 塩浜ラーメンを食す。
 580円なり。

  

 サッパリした塩味。
 海苔、岩海苔、とろろ昆布の風味がいい。
 様々な気持がこもった味わい、に思える。






  15時を過ぎ、県道270号線経由で国道115号線を伊達に戻った。






 山を越えると飯舘村。



 伊達の夕空。

 両親の重い腰を上げさせ、連れ立ったのはよかった。
 度々海苔や干物を買いに相馬を訪れていたが、震災以来、気の毒で海の方へは行けない思いがあったようだ。
 道の駅で産物を買い、これでまた来られるとのこと。
 踏ん切りというか、まぁ、いろいろと複雑なのである…。

 多くの皆さまにも、ぜひ訪れていただきたいと思います。












2014年3月6日木曜日

【第四十一回】伊達市梁川から宮城県丸森町へ
 ゆるやかに流れる阿武隈川



 震災後、初めての帰省5日目。
 2011年5月7日。


 トクちゃんらーめん|福島県郡山市 江戸っ子親父の東京醤油ラーメン
 http://tokuchan-rahmen.jp









 5月8日。




 テレビは一日中逆L型で情報を発信していた。




 隠れたつもり…。


 この日は阿武隈川を、伊達市梁川から宮城県丸森町の方へと下った。
 震災以来、出かけるのが億劫になっていた両親を外に連れ出すのが目的。

 屋根瓦が崩れた民家が点在する。
 未だ破損箇所を青いビニールシートで覆う応急処置のまま佇んでおり、グーグルアースの衛星写真からも青い屋根は確認できた。




 国道4号線を国見町役場前の信号機で右折。
 国見町役場も震災で損壊した。

 庁舎建設工事の安全祈願 震災で損壊の国見町役場|福島民報
 http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2013/09/post_8204.html


 県道320号を行き、伊達市梁川(旧伊達郡梁川町)に入る。
 梁川の地名は、中央部を流れる阿武隈川や、霊山地区(旧霊山町)から流れて阿武隈川へと合流する広瀬川が鮭の良好な漁場で簗が築かれていたことに由来する。

 梁川町
 http://ja.wikipedia.org/wiki/梁川町


 梁川は伊達氏とも縁が深い。
 源頼朝による1189年(文治5年)の奥州征伐では、隣の国見町厚樫山(阿津賀志山とも書く)山裾が藤原氏との決戦場となった。

 【第三十四回】国見町 厚樫山と古戦場
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2013/11/blog-post_6752.html

 阿津賀志山
 http://www.ntt-fukushima.com/fbrari/030/index.html


 その戦で武勲を立てた常陸国中村庄の中村氏が、源頼朝から伊達郡と信夫郡を拝領し、伊達氏を名乗るようになったのが始まりだ。
 室町時代、弘治元年(1555年)には伊達晴宗が奥州探題に任じられ、梁川城を本拠地としてこの地を治めた。
 室町幕府滅亡後も伊達政宗(晴宗の孫)が奥州探題を自称して引き継ぎ、豊臣秀吉による奥州仕置で正宗が岩出山へと転封させられるまでの約400年間、梁川は伊達氏の支配下だった。

 伊達氏ゆかりの歴史を訪ねて|福島県伊達市
 http://www.date-shi.jp/pdf/rekishi.pdf

 梁川八幡神社は、正宗が16歳で初陣する時、戦勝祈願のために参詣したといわれている。

 梁川八幡神社・龍宝寺|だてめがね
 http://www.date-shi.jp/126/post-109.html


 国道349号にぶつかって、左折。
 阿武隈川に沿って走る。

 この辺りは川沿いに孟宗竹の林が多く、「たけのこ街道」とも呼ばれている。




 いなか道の駅「やしまや」で小休止。
 母が何か食材を買っていた。

 いなか道の駅 やしまや
 http://www.marumori.jp/markets/1027.html

 丸森からの風便り
 http://www.nhk.or.jp/ashita-blog/150/180889.html




 釣り人が長閑に糸を垂れる…。
 ゆるやかに流れる阿武隈の水。

 だが、忘れた頃に牙を剥き、当地に度重なる水害をもたらしてきた。

 阿武隈川の現状と課題[PDF:17MB]─国土交通省
 http://www.thr.mlit.go.jp/fukushima/kasen_seibi/2012henkou/3.pdf




 彼処の崖で揺られる、山吹の花…。
 対岸を走っていた阿武隈急行線が、丸森駅の手前でこちら側へ橋を渡る。

 駅・路線情報|阿武隈急行
 http://www.abukyu.co.jp/about/info-sta/



 国道349号線は、阿武隈ライン舟下りの発着所を下った所で国道113号線に合流する。

 丸森町観光案内
 http://www.marumori.net/


 道は左に大きく曲がり、阿武隈川を離れ、国道113号線を角田市経由で帰路に着いた。



 みやぎ生協白石店
 http://www.miyagi.coop/shop/shoplist/store.php?shop=40