【 福 島 の 風 光 】
 郷里である伊達市(旧伊達町)を中心に、風光明媚な福島を紹介します。
伊達市は福島県中通り、県北に位置し、海に山に車で一時間程のロケーション。
吾妻連峰、相馬、会津、宮城県南部、山形県南部が行動範囲。
訪れた地域の食や伝統文化、郷土史にも触れられたらと思います。

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2017年4月17日月曜日

【第九十九回】常称寺の枝垂れ桜と桑折西山城跡




 2017年4月16日。
 満開となった桜を愛でつつ、西根郷(にしねごう)を歩くことにした。
 西根郷は信達平野(旧信夫郡と旧伊達郡にまたがる平地=現在の福島盆地)北部を流れる摺上川の北、阿武隈川西岸で、福島市湯野、伊達市旧伊達町(長岡)、伊達郡桑折町、国見町にかけての土地を指す。

 ひとまずの目標は、昨年も訪れた常称寺の枝垂れ桜を見ることだ。






 8時40分、JR東北本線伊達駅北踏切(地図A)を渡る。




 飯坂温泉街の中を流れる摺上川の下流側から流れてくる西根下堰(地図B)と吾妻小富士の雪兎。🐇
 右に走るのが東北自動車道。




 目下工事中の東北中央自動車道「相馬福島道路」は、西根下堰と上堰の間を横切って東北自動車道に接続する。




 飯坂温泉街の中を流れる摺上川の上流側から流れてくる西根上堰(地図C)と吾妻小富士の雪兎。
 西根郷を潤す西根堰については【第七十二回】に詳しく書いたので、そちらをご参考に。

 【第七十二回】飯坂温泉・鯖湖神社例大祭と新緑の摺上川
 https://onotoshiaki.blogspot.jp/2016/05/blog-post.html




 桑折町睦合地区の坂道を登ると、山肌に山吹が咲き始めていた。

 ヤマブキ|四季の山野草
 http://www.ootk.net/cgi/shikihtml/shiki_8.htm




 標高が高いところの桃畑も咲き始めている。




 9時25分、白山媛神社前(地図D)を通過。




 上の方まで桜が上がってきていた。




 野鳥のさえずり、水の音、風の音が其処彼処から聴こえてくる。



 そして9時45分、常称寺(地図E)の桜が一年振りに出迎えていてくれた。












 鶯の声が響く。
 風が心地よく、枝垂れ桜越しに伊達市が一望できるロケーションは最高。








 右下に見える雪景は安達太良山。






 鐘つき堂の日陰で小休止。
 いつまでも憩いたくなる…。

 常称寺については【第六十五回】にも記してある。

 【第六十五回】常称寺の枝垂れ桜再び、目覚め始めた山の花々
 https://onotoshiaki.blogspot.jp/2016/04/blog-post_9.html




 これで帰る途中に美味しいアイスクリーム屋があったらいうことなしなのだけど…。🍦
 この後どうするかは決めていなかったけど、アイスクリームがありそうな方向へ自然と足が向いた。




 常称寺からの急坂を下る途中に桑折西山城跡の案内があったので行ってみることにした。

 桑折西山城跡へは2015年4月26日、伊達市に移住した翌日にも出かけた。
 が、夕方だったために西館と中舘へ行く途中で日が陰るようになり引き返した。(【第七十回】参照)

 【第七十回】伊達へ。西根堰と常称寺と西山城跡、山吹の里
 https://onotoshiaki.blogspot.jp/2016/04/blog-post_17.html


 この機会に、もう一度行ってみたいという思いはあった。




 湧き水で濡れた山道の傍らには、カタクリが群生していた。

 カタクリ|四季の山野草
 http://www.ootk.net/cgi/shikihtml/shiki_12.htm




 タチツボスミレも寄り添うように咲いていた。

 タチツボスミレ|四季の山野草
 http://www.ootk.net/cgi/shikihtml/shiki_252.htm




 11時7分、桑折西山城本丸跡(地図F)に到着。

 桑折西山城跡|桑折町
 http://www.town.koori.fukushima.jp/site/kankou/nishiyamajo.html




 桑折西山城は、奥州守護・奥州探題となった伊達氏第14代当主稙宗(たねむね)が居城とした。
 天文11年(1532)稙宗は突如嫡子の晴宗に捕らえられ、西山城内に幽閉されて、伊達家及び南奥州の諸大名を2分した内紛「天文の乱」が勃発した。
 6年間にわたる内紛ののち両者は講和に到ったが稙宗は丸森城に隠居し、晴宗は家督を継ぎ米沢城へ移った。
 講和の条件として西山城は破却されている。(『伊達家文書』『伊達正統世次考』)

 国指定文化財等データベース|文化庁(名称で「桑折西山城跡」と検索すると詳細が表示されます)
 http://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/index_pc.asp




 最高部(標高193メートル)にある高館城跡。

 その後伊達氏は米沢城、黒川城(会津若松城)、米沢城、岩出山城、仙台城(青葉城)と居を移すことから、文治5年(1189年)の奥州合戦の功績で常陸入道念西が源頼朝より伊達郡を賜って伊達氏初代朝宗を名乗り、高子岡城を居城として以来、伊達氏が郡内に居を構えた最後の城が桑折西山城である。




 高館城跡より信達平野を望む…。
 中央に見えるラクダのコブのような山が信夫山で、JR福島駅はその裏側に位置する。
 右手に見える雪景は安達太良山。
 中央左に見える道路は東北自動車道。
 左より中央部に向かって高架橋が走る東北新幹線は、信夫山のトンネルを抜ける。



 桑折西山城本丸跡からは、墓所を抜けて観音寺(地図G)の裏手に下りることができる。

 観音寺|桑折町
 http://www.birdfan.net/pg/kind/ord17/fam1718/spe171805/




 シジュウカラが桜の蜜を吸っていた。

 シジュウカラ|BIRD FAN(日本野鳥の会)
 http://www.town.koori.fukushima.jp/site/kankou/nishiyamajo.html






 何かの催しがあり、境内は華やかだった。




 観音寺から東へ、東北自動車道の下を潜った右手に福島県指定天然記念物「万正寺の大カヤ」(地図H)がある。
 根本から60センチメートル上の幹回りが約7.5メートル。
 カヤの巨樹としては日本一といわれる。

 万正寺の大カヤ|桑折町
 http://www.town.koori.fukushima.jp/site/kankou/ookaya.html




 再び西根上堰を渡った。
 ポツポツと花びらが流れてくる。

 西根上堰はこの先の芝堤頭首工(水量を調整する設備「しがらみ」の名残)で産ヶ沢川と交わり、下流に用水を補充する。

 西根堰と水路網にみる歴史的風致|桑折町
 http://www.town.koori.fukushima.jp/uploaded/life/12437_41641_misc.pdf



 産ヶ沢川にて。
 中央やや右上にある背の高い桜の木が常称寺の枝垂れ桜。




 芝堤頭首工の下流。




 明日からはもう花筏だな…。




 JR東北本線の下を潜る。




 電車で伊達まで帰ってもいいかなと思いつつ、JR桑折駅(地図I)まで足を伸ばしたら、駅に着く直前に11時49分発の上り電車が発車した。
 次の電車は12時50分発…。

 あきらめて途中から決めていた通りに(日曜日が休みだったらどうしようという不安はあった)、かつて「桑折宿」の宿場町として栄えた長い商店街を歩き、旧伊達郡役所の手前右側にある手作り菓子工房「大野屋」へ入った。
 先日この店に入った際に「献上桃ソルベ」を目にしていたからだ。
 「大野屋」はその販売店の一つになっている。
 
 「献上桃ソルベ」販売開始しました|桑折町
 http://www.town.koori.fukushima.jp/soshiki/5/kenjo-momo-sorube.html








 店内に二つある丸テーブルの一つに座り、旨いアイスとコーヒーに出会えた。🍦
 散歩の後には格別の美味しさだ。

 手作り菓子工房 大野屋
 https://www.facebook.com/手作り菓子工房-大野屋-593320497367298/




 桜餅を手土産に、12時45分、旧伊達郡役所(地図J)に到着。
 ずいぶんと歩いたな…。

 旧伊達郡役所|桑折町
 http://www.town.koori.fukushima.jp/site/kankou/gunyakusho.html

 桑折町歴史的風致維持向上計画が国の認定を受けました|桑折町
 http://www.town.koori.fukushima.jp/soshiki/21/rekimachi-keikakusyo.html






2016年4月17日日曜日

【第七十回】伊達へ。西根堰と常称寺と西山城跡、山吹の里




 4月25日で1年が経つ…。
 伊達移住の日は、記録として記しておきたい。



 2015年4月25日土曜日。
 住み慣れた葛飾区新宿の住処から、伊達への引越し。
 11時頃、赤帽が来て荷物を搬出した後、伯母に挨拶を済ませてから、新幹線で向かう手筈になっていた。





 JR東京駅から、13時36分発、やまびこ53号盛岡行に乗車。







 帰省の度に、何度も行き来した路線だ…。

 【第四十七回】JR東北新幹線 東京駅から福島駅
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2014/08/jr.html




 15時16分、福島駅着。




 伊達に着くと、ちょうど赤帽も到着したところだった。
 荷物を運び入れて、ようやく落ち着く。
 桃畑が迎えてくれていた…。



 翌4月26日、日曜日、朝の散歩。














 リンゴの花が盛りであった。






 野鳥のさえずりがそこら中で響いている…。




 朝餉にカレーを食べてキレンジャー。



 荷物の整理の目処がついて、15時頃、気晴らしに散歩に出かけることにした。
 桑折町にある常称寺の枝垂れ桜に間に合うかも知れないと、徒歩で向かった。







 最寄の鉄道が、京成電鉄からJR東北本線へと変わった…。
 踏切(「伊達〜常称寺散歩」地図A)で仙台行を待つ。
 左奥に見えるホームが伊達駅である。






 山の上の方まで芽吹き始め、山桜の色と混じって全体が白っぽく見える。




 西根下堰(「伊達〜常称寺散歩」地図B)。




 西根上堰と下堰の間に建設予定の復興支援道路(相馬〜福島)。
 この先で東北自動車道と接続する。

 一般国道115号 相馬福島道路|国土交通省 東北地方整備局 磐城国道事務所
 http://www.thr.mlit.go.jp/iwaki/hukkoudouro/route_115/souma_fukushima.html




 左にあるコブのような山は、福島市の信夫山。
 空に溶け込むように中央に安達太良連峰、その右に吾妻連峰の山々が並ぶ。




 東北新幹線の高架橋。
 左が仙台、右が東京。
 遠く霊山の峰が横たわる。




 西根上堰(「伊達〜常称寺散歩」地図C)。
 この辺りは桑折町睦合地区。

 西根堰は、関ヶ原の合戦で西軍に与したかどで徳川家康によって越後・会津等の所領120万石を召し上げられ、置賜・信夫・伊達の3郡からなる30万石の出羽米沢藩主へと減移封の処分を受けた上杉氏が、新田開発による石高増の必要に迫られ、肥沃ではあったが水の弁が悪かった伊達・西根郷に水田用水を確保するために大利水工事を行って築いた堰である。

 西根堰|飯坂温泉オフィシャルサイト
 http://www.iizaka.com/join/join04/


 西根堰の開削に尽力した佐藤新右衛門と古河善兵衛は、福島市飯坂町湯湯野の西根神社に祀られている。

 【第四十五回】初詣 西根神社と中野不動尊、そして三日とろろ
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2014/08/blog-post_15.html






 木立のいたるところで、山吹が咲いていた。














 道に迷った…。

 桃畑で作業をしていたオバちゃんに、常称寺への行き方を尋ねた。
 「この坂を下ると高速道路にぶつかるので、高速道路の下は潜らず、左に戻るように坂を登る」とのことだった。
 カメラを持っているのを見て、「桜を撮りに行くの?」と聞かれ、しばし立ち話。

 車で走ると雑作のないような坂道だけど、前につんのめるようにして登って行く…。

 16時19分、ようやく常称寺(「伊達〜常称寺散歩」地図F)にたどり着いた。
















 枝垂れ桜に間に合った…。^^






 満開の枝垂れ桜は【第六十五回】に記している。

 【第六十五回】常称寺の枝垂れ桜再び、目覚め始めた山の花々
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2016/04/blog-post_9.html



 帰りに、すぐ近くにある伊達氏所縁の西山城跡(「伊達〜常称寺散歩」地図G)にも立ち寄った。

 桑折西山城跡|桑折町ウェブサイト
 http://www.town.koori.fukushima.jp/site/kankou/nishiyamajo.html

 桑折西山城跡|文化庁 国指定文化財等データベース
 http://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails.asp

 伊達郡は戦国大名伊達氏の名字の地である。桑折西山城跡は、この伊達氏の居城跡であり伊達郡桑折町の西方標高193メートルの[[高館山]たかだてやま]を中心に位置している。
 宝暦11年(1761)御巡見使案内記等が西山城について「仙台御先祖常陸(念西)入道居館之由」と記しているように、この城は文治5年(1189)奥州合戦の功により伊達郡を拝領した中村(伊達)念西の居館跡として伝承されてきたものである。応永7年(1400)から9年(1402)にかけて上杉禅秀の攻撃を伊達大膳大夫政宗がしのいだと『余目氏旧記』『鎌倉大草紙』に記される「赤館」もこの西山城を指すと考えられている。(『伊達正統世次考』、『伊達勤王事歴』)。
 (一部引用)






 伊達郡を一望。






 西舘跡入口(「伊達〜常称寺散歩」地図H)から少しだけ入ってみる…。




 林の斜面に山吹が光る(「伊達〜常称寺散歩」地図I)。






 一人で来るにはちと寂しい…。




 16時45分、さっきよりも影が伸びている。
 西の山に日が隠れようとしていたので、撤収することにした。










 聖光学院高等学校の野球場(「伊達〜常称寺散歩」地図J)が移っていた(桑折町)。
 昔は校舎(伊達市)の側にあったのだけれど、そこは宅地になった。
 校庭の片隅に、ジェット機が展示されていたのが記憶に残る…。

 聖光学院高等学校
 http://www.seikogakuin.jp/index.php




 東京へ向かう新幹線。
 これにて伊達移住1日目の散歩は終了。

 まだこの地で暮らす実感は湧かなかった…。