【 福 島 の 風 光 】
 郷里である伊達市(旧伊達町)を中心に、風光明媚な福島を紹介します。
伊達市は福島県中通り、県北に位置し、海に山に車で一時間程のロケーション。
吾妻連峰、相馬、会津、宮城県南部、山形県南部が行動範囲。
訪れた地域の食や伝統文化、郷土史にも触れられたらと思います。

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2016年4月14日木曜日

【第六十九回】伊達箱崎の愛宕神社例大祭と獅子舞




 4月に入ると、彼処で春祭りが始まる…。

 時は戻って2015年4月29日、伊達市箱崎にある愛宕神社の例大祭に出かけた。


 愛宕神社へは、2010年5月28日に歩いて出かけ、その時は道に迷って、結局たどり着けず仕舞いであった。

 【第三十七回】伊達・箱崎 愛宕山から高子沼
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2013/11/blog-post_9.html




 2013年の大晦日。




 2014年の大晦日。

 と、それから2度出かけたので、もう迷うことはない。




 国道4号線に架かる高架橋(「伊達市箱崎愛宕神社」地図A)から東へスロープを下り、旧伊達橋にかけてが福島交通軌道線が走っていた跡であることは【第三十七回】でも述べた。





 「伊達市を結んだ鉄道」|福島県伊達市ホームページ
 http://www.city.date.fukushima.jp/soshiki/87/142.html




 橋の渡口(「伊達市箱崎愛宕神社」地図B)、旧伊達橋の沿革が記された案内板には大正10年(1921)竣工とある。




 路面電車が走っていた往時の写真も添えられている。




 遠く那須山系から福島県中通り南北に縦断し、宮城県仙台平野の亘理町と岩沼市の境で太平洋に流れ出る阿武隈川。

 阿武隈川|国土交通省
 http://www.mlit.go.jp/river/toukei_chousa/kasen/jiten/nihon_kawa/82020/82020-1.html


 旧伊達橋より南側を眺めると、左の丘のような山が愛宕山で、愛宕神社はその上にある。
 右にあるラクダのコブのような山は福島市の信夫山だ。




 橋を渡った右手には金子公園があり、愛宕神社の例大祭の旗が立てられていた。
 その先の十字路を右折する。
 この辺りが伊達市箱崎地区となり、サクランボ畑や桃畑の間の道を南に行くと愛宕山へと通じている。
 箱崎地区については【第三十七回】に詳しい。




 愛宕神社の参道前に到着(「伊達市箱崎愛宕神社」地図C)。
 上の方からお囃子の音が響いていた。




 子供らが先にひょいひょいと登って行くけど、かなりの急階段。
 高所が苦手なため、振り向かず、時に四つん這いになりながらよじ登った。




 古峰神社の祠がある所から、やや右に折れて、なおも登る。




 息を弾ませながら、参道を登りきった…。




 社殿の前には屋台も出、賑わっていた。




 愛宕神社は、天文7年(1538年)の創建と伝えられ、毎年4月29日には県重要無形民族文化財の「箱崎の獅子舞」が奉納される。

 愛宕神社例大祭|福島県伊達市観光ポータルサイト「だてめがね」
 http://www.date-shi.jp/cat47/date/post-251.html


 奉納までまだ時間がありそうなので、奥に見える展望台に上った…。




 さっき渡ってきた旧伊達橋が見える。
 川向こうは住処のある旧伊達町伊達(長岡)地区、手前が箱崎地区である。
 箱崎地区は土壌のせいか、水が不便だったからか、稲作よりも果物栽培が盛んだ。
 伊達(長岡)地区は、西根堰から流れる水を利用した稲作が盛んであった。

 西根の郷を黄金色に変えた西根堰|水土里ネット福島
 http://www.midorinet-fukushima.jp/?page_id=694


 中段を横切る高架橋が東北新幹線。
 高架橋に接するように、中央やや左に見える白い建物は、甲子園の野球大会でもお馴染みになった聖光学院の校舎。
 右奥にあるやや尖った山は半田山で、その陰は宮城県白石市となる。

 半田山については、【第三十回】で少しだけ触れた…。

 【第三十回】国見町 萬蔵楽山の清水とフキノトウ そして蔵王連峰を見る
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2013/11/blog-post_5617.html


 それが後日、2015年秋から16年春にかけて放送され、好評だったNHK連続テレビ小説「あさが来た」に登場した五代友厚とも所縁あることを知って、びっくりぽん!

 NHK連続テレビ小説「あさが来た」
 http://www.nhk.or.jp/asagakita/index.html


 五代友厚は、一時半田銀山の経営にも携わっていたのである…。
 だが、話が飛び過ぎて収拾がつかなくなるので、今回は割愛する。






 獅子舞が奉納される舞台。
 石段が設けられ、そこで鑑賞できる。
 舞台は、目線よりも高い所にあるのが普通だけど、ここでは土の上で舞う。




 「箱崎の獅子舞」が始まった…。




 460年以上の伝統を持ち、県重要無形民族文化財に指定されています。
 3匹の獅子と翁面をつけた「半兵」、ひっとこ面をつけた「ささら」の5人で「道行」「弓」など13種類の舞を踊ります。
 舞の中でももっとも格式があるとされる「掛合いの舞」は、獅子たちの喜怒哀楽を巧みに表現する舞で、多くの人が見物に訪れます。
 (一部引用)


 愛宕神社例大祭|福島県伊達市ホームページ
 http://www.city.date.fukushima.jp/soshiki/29/940.html
















 動くと、こんな感じ…。
 かなり体力を使いそうな舞だ。

 素朴な伝統芸能である。






2013年11月4日月曜日

【第二十八回】桜 桑折町・常称寺から飯坂・舘の山公園
 そして花ももの里



 2010年4月26日。
 東京で桜を見た後の、二度目の花見。



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 福島盆地の北を囲む半田山。

 伊達市旧霊山町から保原町へ坂を下る国道349号線では、一時その山影に蔵王連峰を見ることができる。
 が、旧伊達町からは、完全に隠れて見えない。

 宮城県との境に鎮座する半田山がなければ、安達太良、吾妻、蔵王連峰という1000m超えの峰々が一望できたかと思うと、少し惜しい気がする…。
 当地の景観、文化、風土に重要な役割を果たす山だ。

 半田山の裾野、桑折町平山地区にある常称寺はご当地限定、知る人ぞ知る枝垂れ桜の名所である。

 桑折町観光ガイド
 http://www.town.koori.fukushima.jp/site/kankou/








 見上げると、まるで花に包み込まれるようだ。

















 桃色が丘を覆う様子はまさに桃源郷。


 桑折町は伊達氏発祥の地といわれている。

 源頼朝の奥州攻めに従った常陸国常陸入道念西が、その戦功により伊達郡の地頭となって入部。
 初代伊達氏、伊達朝宗を名乗り、当地を本拠に勢力を拡大させた。
 伊達政宗はその十七代目にあたる。

 桑折町の歴史
 http://www.town.koori.fukushima.jp/soshiki/1/119.html

 桑折町は旧伊達町と同じ伊達郡であったが、平成の大合併による平成18年1月1日の伊達市(伊達町、梁川町、保原町、霊山町、月舘町)誕生の前協議で離脱を表明。
 現在は独自の道を歩んでいる。


 常称寺から東へ急坂を下り、東北自動車道の下を潜った右手に、福島県指定天然記念物「万正寺の大カヤ」がある。
 根本から60センチメートル上の幹回りが約7.5メートル。
 カヤの巨樹としては日本一といわれる。

 万正寺の大カヤ
 http://www.town.koori.fukushima.jp/site/kankou/ookaya.html







 カヤは桑折町の木に指定されている。


 この道は、車で半田山へ行くのに、よく通った。

 半田山自然公園|桑折町観光ガイド
 http://www.town.koori.fukushima.jp/site/kankou/handa-shizen.html

 半田山|福島の山々
 http://yamayama.jp/handa/handa.htm



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 半田山自然公園に行くには、大カヤを過ぎてJR東北本線にぶつかったところを左折。
 線路に沿って道なりに進む。

 県道353号線に入り、右手に半田郵便局を過ぎた後、道路は左に曲がって校庭が見えてくる。
 半田醸芳小学校を右に見ながら直進し、東北自動車道の下を潜って、Y字路を右へ。

 最後の民家を過ぎてから勾配が急になり、右に緩くカーブした後、左に第一ヘアピンコーナーがある。(ショートカットもできる)
 右に直角に曲がるコーナーが二つあり、鈴鹿サーキットからパクって、テグナーコーナーと呼んだ。


 二つ目を曲がった所で(その時は半田山自然公園から町に下りるために逆方向に戻っていた)、左から何やら獣が飛び出し、ブレーキを踏んだ。
 安全運転だったのですぐに止まったが、コロコロと転がる姿がライトに照らし出され、慌てて獣が右の林に飛び込むのが見えた。
 タヌキであった。

 降りて車の前を確めるとナンバープレートが軽く下側に反っていた。
 これがクッションになったのだろう、と安堵した。
 それ以来、仲間内ではタヌタヌコーナーと呼ばれていた。


 半田山を上る話に戻って、そこから右に緩く曲がって林が開ける。左に曲がった後、下りのS字になり、逆バンクに見えなくもない。

 再び上り坂となって、第二ヘアピンに入る。
 視界が悪いので安全運転を心がけよう。

 何度かクネクネと曲がり、バックストレッチに出る。
 長い直線の後に緩く左に曲がり、さらに左にカーブは切れ込む。
 切れ込んだ所で、友人Tの車が外側にコースアウトしていた。

 4人がかりで車を道に押し出した。
 足回りは落ち葉だらけ、ホイールに枯れ枝が刺さる。
 それ以来、仲間内ではTコーナーと呼ばれるようになった…。

 半田山の上まで行くのは大変だ!


 こうした山道は飯坂の方にも数ヵ所あり、ザカスカ(飯坂スカイラインの略)と呼ばれていた。
 若気の至りでザカスカのガードレールに刺さったことがある。
 徒歩で山を下り、愛宕神社の下の公衆電話から連絡したのは雪がちらつく夜であった。
 温泉街が空々しいほどに明るく見えた。

 愛宕神社|飯坂温泉
 http://www.iizaka.com/contents/kankou/jinjya.html


 半田山キャンプの時の深夜の半田沼周遊肝試しはマジで怖い…。
 懐中電灯を消すと、すぐ隣の人が全く見えない。
 誰が紛れ込んでもおかしくはない。
 声のトーンがいつもと違うことに気がつくと、首筋に冷たいものが…。

 また、ある時には駐車場に寝転んで、夜空を眺めた。
 どこまでも深く重なり合う。
 足を持ち上げると、容易に星々をまたいで歩くことができた。


 常称寺で花見をした後、県道124号線で飯坂に入り、舘の山公園(大鳥城趾)の桜も見に行った。
 ※舘の山公園についての詳細は過去エントリを参照。

 【第二十二回】伊達の春と飯坂・舘の山公園
 http://onotoshiaki.blogspot.jp/2013/10/blog-post_31.html











 安達太良(左)と吾妻(右)連峰。

 吾妻連峰中程には富士山の形をした吾妻小富士があり、山肌には雪兎が現れている。
 その姿がくっきりと見える頃、地元の農家が作物の種をまき始める。






 舘の山公園の麓にある、「花ももの里」にも初めて寄った。



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 花ももの里|飯坂温泉オフィシャルサイト
 http://www.iizaka.com/join/join03/


















 みちのくの遅い春。
 まるで点描画のような彩り。